我慢が辛い!という方へ-我慢の心理と手放す方法

忙しい大人のための心理学

そもそも我慢とは?

カウンセリングでお客様のお話を聞かせていただく時、「だいぶ我慢されていませんか?」とお伺いすることが度々あります。

我慢というのは、「耐え忍ぶこと」という意味ですが、日常的には「自分を律する」という意味合いで使われることも多いかもしれません。
時によっては「困難に耐える美徳」のように良い意味で使われることもあったり。(以前、日本で大災害があった時、海外のメディアではGAMANが日本人の美徳として伝えられたようです)

何をもって我慢というかは人それぞれかもしれませんが、個人的には、我慢って「愛」と紙一重だな…とも感じています。多くの方の我慢の奥には、誰かを愛したい、何かを守りたい、そんな思いがあることも、とても多いのです。

なぜ人は我慢をするのでしょうか

例えば、
本当は休みたいけれど、仕事に行くことを優先する
本当はもっと彼に会いたいけれど、彼の自由な時間を優先する
本当は自分の時間が欲しいけど、家事や育児を優先する

このように、我慢するということは「自分の気持ちを横に置いて、他の何かを優先すること」ともいえるかと思います。

それでは、なぜこのようなことをするのでしょう。

無理をしてでも仕事に行けば、職場に迷惑がかからない
寂しくても会いたいと言わなければ、良い彼女でいられる
家事や育児をきちんとした方が、家族が快適に過ごせる

このように、何かを得るため、守るためということが多いのではないでしょうか。
何もメリットがないとすれば、自分の「こうしたい」を我慢する必要はないかと思います。

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小さな頃、親に褒められるため・怒られないために何かを我慢した、という経験はないでしょうか。
何かを得るために我慢をするという方法を、多くの人は子どもの頃に学習するともいわれています。

小さな時に欲しかったものは親からの愛や優しさであることが多いかもしれません。本当は、我慢なんてしなくても愛されているのですが、しつけが始まった時からの色々な経験が「我慢しないと愛されない」という、強〜い観念(=思い込み)になって残ることもあったりします。

そのような観念があまりに強い場合、極端な我慢が人と関わる処世術になったり、「我慢しないと認められない、受け入れられない」という自分自身への制限や恐れに変わったりと、対人関係を築く際の生きづらさに繋がっている場合も多いのかと思います。

さらに大人になってからも、その我慢で何かがうまく進んだり、誰かとの関係を壊さずにすんだ、ということがあると「ほら、やっぱり我慢しないとうまくいかないよね」という思いが強くなることもあるかもしれません。

我慢を続けると起こりやすい困りごと

我慢をすることで、多くは何かしらの得られるものがあるわけなのですが、そのやり方を続けることは、私たちに色々な問題をつくり出すこともあるのです。

「大人の対応」という言葉の通り、オフィシャルな場ではある程度「自律」の態度が求められることもあるかもしれません。(とはいえ、もちろん程度を超えると問題となりますが)

ですが、親しい間柄では我慢をすることで、しんどさや息苦しさが生まれたり、大切な人と心が繋がらないような寂しさを感じる原因になったりもするのです。

そして、特に心が強く求めるものを我慢するということは、心をギュッと押し殺している状態でもあります。我慢で押し込めた感情はなくなるわけではないので、心に蓄積されて別の困った形で現れたりもします。

例えば、このようなことが起こる場合があります。

・周りにも「このくらいできるでしょ」と同じ我慢を求めてしまう
・何も我慢していない気楽な人を見るとイライラする
・気持ちを許した人にだけ、一点集中で依存的になってしまう
・相手が「自分を我慢させる人」に思えてきて、離れたくなる
・誰にも理解されないような大きな孤独感が生まれる
・周りを優先しすぎて、自分の本当の気持ちがわからなくなる

我慢をして心を抑えつけている時、その反動で強いニーズを生み出してしまうことも多くあります。
ニーズというのは「人にこうして欲しい」という欲求です。

「こんなに我慢してるんだから、わかってよ、助けてよ」そんな気持ちが大きくなって、周りの人(特に心を許せる近しい人)に不満を持ちやすくなってしまうということは、我慢の大きなデメリットかもしれません。

また、我慢をするのは「我慢した自分しか受け入れられない」という思い込みが原因のことも多く、そんな時には、周りを「信用できない人」と扱い、心理的な壁を自分から作っていることもあります。

そして気持ちを抑圧することで、心地良い感情も一緒に抑圧してしまい、幸せや嬉しさ、楽しさなども感じにくくなってしまう、ということもあったりします。

…実はこれは、我慢の多かった私が経験したことでもあります…^^;

我慢に何かしらのメリットがあっても心に負荷をかけている以上、やはり積もり積もると色々な問題が起こる、というのは私自身も実体験で学んだことです。
もちろん、我慢をしている本人がずっと苦しい、ということもとっても大きなデメリットです。

我慢する人間関係を卒業するには

では、どうすれば我慢することを手放せるのでしょうか。

何かを得るための方法として、多くの人が我慢をしているとするならば。
我慢をやめるには、その欲しいものを別の方法で手に入れられる自分になる必要があるといえるでしょう。
※我慢で溜まったニーズを人に向けて発散する、というのは我慢を手放すことではありません。

そこで、こんなステップをおすすめしたいと思います。

今まで我慢してきた自分を、承認して労う

ちょっと、こんなことを考えてみていただけないでしょうか。

例えば。
ある人が「寂しくても会いたいと言わなければ、良い彼女でいられる」と思っている場合。
「会いたい」と伝えないことで守りたいのは「パートナーとの今の関係性」ということになるのかもしれません。

そこで、さらに聞いてみてあげて欲しいのです。

今の我慢を続けて守ったその関係性は、自分を本当に幸せにしてくれる?」と。

恋愛以外でも、誰かとの関係性を壊さないために自分が我慢をする、という方は多いのかもしれません。もちろんどのような人間関係でも良い悪いということはないので、それが幸せだと心から思えたら、問題はないのかと思います。

ですが多くの場合、本当に心が求めているのは、我慢して続ける誰かとの関係性そのものではなく、関係性から得られる、人と心を繋げる安心感、一緒に笑い合う楽しさ、人を愛する充実感、そういった「幸せな気持ち」なのではないでしょうか。

もし、「本当は我慢したくないけれど、そうしないと受け入れられないでしょ、関係が壊れるでしょ」そんな思いがあったとしたら。

まずは「そこまで守りたいと思っていたんだね、相手を大切にしたいと思って頑張ってきたね」って、自分自身に何度も声をかけて、労ってあげてほしいなって思います。
たくさん我慢をしてきた人は、自分を抑えてまで誰かを尊重してきた人とも言えるんですね。

我慢以外のコミュニケーションを使えるようになる

そして、そんなふうに自分の今までの頑張りを認めた上で、今度は今まで人を尊重してきたエネルギーを、自分自身を大切に扱うためにも使っていただきたいな、と思うのです。

自分を抑えて我慢することで、相手のベストを優先してきたのなら。
これからは、お互いの、みんなベターを見つける、ということに意識を向けていただきたいな、と思います。
お互い、みんな、ですからその中には自分も数に入れるのです。

自分の意見や望みを伝えることは我儘ではありません。ただ、相手にも自分にも選択肢があるということが大切なんですね。
お互いの要望を伝えてお互いのベターを見つける、というのは、双方が無理なく過ごすための成熟したコミュニケーションともいえるのではないでしょうか。

自分の気持ちを伝えることに、怖さを感じたり、時には傷つくことがあるかもしれません。
ですが大切な相手にほど、それを越えて関わり続けることが、本当に心が求める安心感や充実感といった幸せに繋がるのではないでしょうか。

そして、ちょっと悲しいことですが。そのようなコミュニケーションをどうしても嫌がる相手、自分が我慢することでしか成り立たない、そんな関係性の場合は、自分を大切にするために距離をとることが必要な場合もあるかもしれません。

最後に:我慢を手放した先に見える世界

私自身も、たくさんたくさん我慢をして、その反動で生まれる困った感情にも散々振り回されてきました。

我慢をしている時はどうしても、自分だけが辛いと感じてしまいがちです。
「どうせ誰もわからないでしょ」と、自ら周りの人に心の壁を作ったりもして、本当は自分に向けられている愛や優しさをスルーしてしまうこともあったりします。

私が我慢を手放して、少しだけ周りを信用し、自分の気持ちを伝えたり頼ったりできるようになった時、「私を我慢させる人たち、私を我慢させる世界」が、「私を愛して助けてくれる人がたくさんの、優しい世界」にぐるりとひっくり返ったような感覚がありました。

我慢をたくさんしてきた人は本来、人を尊重できるとっても優しい人です。
我慢を手放したあなたが、あなたらしく、たくさんの人に優しい気持ちで関われますように。