なぜ“好き”が“依存”に変わるのか〜好きと依存の境界線

生きづらい大人の処方箋

あなたは「◯◯依存」と聞くと、どんなことをイメージするでしょうか。

アルコール、タバコ、ゲーム、買い物、恋愛…さまざまなことが依存の対象になります。
※近年、正式な診断の中では「依存症」という呼称は使われなくなってきています。

何かに依存する時、それはもともとは「好き」なもので、適度ならば楽しみや息抜きだった場合も多くあります。

そして「〇〇が好き」ということと、「〇〇に依存している」ということの境界線は実はけっこう曖昧なことも。

本人がどう感じているか、周りからどう見えるか、それによって生活や健康に支障があるか。
そんな「捉え方」の違いによっても変わるかもしれません。

好きと依存の違い、依存に偏ったモノやコトを好きに戻す方法についてのお話です。

“好き”と“依存”は何が違うのか

好きと依存の違いを心の面からみると「その対象にどんな感情を感じているか」ということが大きな差です。
ざっくりした表現ですが、幸せを感じているならば好き、何かしらの不快感を感じているなら依存に近いと捉えることができます。

(とはいえ人の脳は不快感を麻痺させるために「まやかしの快感」を感じさせることもあるので、そこの自覚は難しい場合もありますが…。)

行動面から見ると、「社会生活や健康に支障があるのに止められない」という状態になると、依存の可能性が高くなります。

定義だけでは分かりにくいので、この2つの基準を実際の例に当てはめてみますね。

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たとえばお酒に関しての場合。

私はお酒が好きなのですが、お酒に依存状態だった時期もあります。

20代の頃、その時は毎日、職場でとてもつらい感情を感じていました。
職場で感じる惨めさや孤独感などの嫌な感情は、放っておくと仕事の後もついて来ます。

それを紛らわせてくれるものがお酒でした。

私を楽しませてくれるお酒を、この時期は鬱々とした気分を飛ばしてハイになるために使っていたわけです。

そうすると当然、ある程度の量が必要になります。
美味しいとか楽しいではなくて、ネガティブ思考が止まらない脳を麻痺させることが目的なので。

夜な夜なそんな量を飲んでいては、当然次の日の目覚めや体調にも影響します。
(ウィスキー瓶が1週間弱で空になることが続いた時はさすがにヤバイ…と感じました)

それでも、お酒を飲んで自分を緩ませる以外の方法がわからなくて、適量に減らすということができなかったんです。

お酒を飲みながら感じていたのは、当然幸せではなく「酒くらい飲まなきゃやってられない」という思いと、いっときの高揚感。
だけど次の日には飲み過ぎた後悔に襲われて自己嫌悪を感じる…という繰り返しでした。

まさに、楽しくも幸せでもなくて、健康に支障をきたしそうなのに止められないという状態です。
病院には行かなかったので診断はつきませんでしたが、おそらく軽度の依存状態だったと思います。

私の場合はストレスの元になっていた仕事を変えることで、自然にお酒の量も減りました。

もともとお酒やお酒の場が好きで、始めは仕事の後に気分を切り替えるため。
だけどそれがエスカレートして、お酒のない夜に感じるあの惨め感や孤独感に耐えられなくなっていたんですね。

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こんなふうに、もともと好きなものは感じたくない感情を紛らわすためのツールになりやすい傾向があります。

そして徐々に楽しむためではなく、嫌な感情を抑圧するために「より強い刺激」を必要とした結果、適度や適量を超えて依存状態になることがあるのです。

好きなものがあるのは本来幸せなはず。
それが慰みや苦しみになってしまうのは切ないなって感じるんですね。

一時的にはつらさから心を守る助けとして、何かへの依存が必要なこともあります。

けれどそれを自覚なく続けると、どんどん強い刺激が必要となり、さらに生きづらい状態になったりもします。

「依存」を緩めて「好き」に戻るには

では、依存の状態はどうすれば緩めることができるのでしょうか。

専門機関では、認知行動療法という心理療法がその効果を認められています。
認知行動療法とは「認知」と「行動」を分析して理解し、それを機能的なものに変えてゆく療法です。

認知というのは考え方のことで、依存状態の非機能的な考えを検証して、自分を助ける考え方に変えてゆきます。
行動面では依存行動の元になるストレスを減らしたり、依存対象から離れるための具体的な方法を探して実践して効果測定をします。

認知行動療法以外にも、依存対象に執着することで感じないようにしている感情を丁寧に扱い、根本の苦しさを消化するという療法などもあります。

どんな方法にも共通していることは、依存行動そのものを根性などで解決しようとしないことです。

根性でなんとかなるならば、依存状態にはなりません。
心が弱いから依存状態になるのではなく、それ相応の理由があって心を守るために何かに依存するのです。

自分の弱さを理由にして戒めようとすることは自己嫌悪を強め、その感情を逸らすためにより強い刺激を求めてしまう…という悪循環にもなりかねません。

依存を緩める第一歩は、今以上に自分にダメ出しをしないこと。

そして、依存には理由があるという前提のもとで、依存対象がなくても「良い気分」を感じるためにはどうしたらいいのか?を丁寧に探してゆくことが大切です。

そのために必要なことは、状況によってさまざまです。

私の例のように環境を変える方が早い場合もあれば、物理的な変化を起こさなくても自分自身の内面を整えることが効果的な場合もあります。

ただ、依存の度合いが強い時は「認知のゆがみ」が起きていて自分自身では依存だと気づけない場合もあります。
(「認知のゆがみ」とは自分が生きる上で非機能的な考えを、常識のように思い込んでいる状態です。)

依存を緩めるプロセスに取り組む際は、1人で抱えずに専門家と一緒に取り組むことをご検討くださいね。

最後に〜依存は心の防衛反応でもある

誰しも生きていれば、感じたくない感情が生まれることあります。
そしてその不快感から自分を守ろうとするのは、心の自然な防衛反応です。

ただ、その反応が気づかないうちに過剰になると、逆に自分を苦しめることになってしまいます。

依存は悪いことや恥ずかしいことではなく、苦しいことです。
自分を楽しませてくれること、喜びを感じられることが慰みになってしまうのはめちゃくちゃ切ないことです。

好きなことなのに何だか全然楽しくない、むしろ苦しい。
そんな感覚があるときには、それが何か嫌な感情を感じないための盾になっていないかを、自分自身に聞いてみてあげてくださいね。

そしてどうにもならない時には、どうか1人で頑張り続けないでほしいなと願っています。

たくさんの人が、好きなことや好きなものを、幸せに「好き」のまま付き合ってゆけますように。

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